2008年07月01日

父と介護保険

父が突然退院した日、実は階段に手すりをつけてもらおうと
知り合いの工務店に見積もりに来てもらっていた。

父が帰ってきたときのために・・・
(その日に帰ってきたので、間に合わなかったけど。)

階段の片側につけてもらうのに、6万8000円ほど。
結構ないいお値段。

いろいろ出費も重なる頃だしなぁと考えていたら
介護保険を使っての住宅改修をすれば一割負担で済むことがわかった。

父の介護認定はまだ。
母の介護保険は使えないかとたずねてみたら、難しいとのこと。
ということは、父に介護認定をすすめるか。。。

どういう反応をするか、そっとたずねてみると
「そんなもん、使えるか!
 介護なんて人に弱みを見せれば、ワシの仕事が無くなるじゃないか!
 ワシは都市計画で一千万の仕事をしている男だ!!!」
とすごい剣幕で怒り出した。

あらららららら・・・・どこにそんな収入があるの??

私もぶちっと切れた。
「病院の手続きも、いろんなゴタゴタの片付けも
 私にすべて丸投げしてるくせに何言ってんのー!」と叫んでしまった。

医療保険の申請の手続きも、その日は一緒にしようって思ってたけど
「自分でできるやろ!」と揃えてあった書類一式を、つき返す。
「やってくれよ〜〜」と甘えた事をいう父を無視。

それから3日位経って、ぽつんと「介護保険ってやつを使おうか」と言い出した。

母のケアマネージャーからも、
「今後のことを考えたら、何らかの形で介護関係者が家に出入りできるようにもっていくべき」と
アドバイスを受けていたので、これはチャンス。

昨日、地域包括支援センターの人や母のケアマネさん立会いの下
父の介護保険の調査が行なわれた。

意外にも落ち着いていて、いろいろ聞かれると答えたくなるのか
例の仕事話を延々と話している。
「そうですか〜〜」と相槌を打ってもらうと、また話し出す。
母と私は顔を見合わせて苦笑い。

これからどうなるかわからないけど
一歩前進かな。
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2008年06月15日

父帰る

先週の木曜、父が突然退院をした。
あと2〜3週間はリハビリと思っていたら、
病院から電話がかかってきた。

「今日から歩行訓練だったんですが・・・」
と看護婦さんの不安げな声。

「歩行器を使って荷重を考えて歩いてください」
と言われたにもかかわらず、痛みがあんまり無いものだから
スタスタ歩行器なしで病院中を歩き回り
止めていたタバコも復活。

そして看護婦さんに食って掛かったらしい。
「帰る!家族を呼べ!」と。
それまでは、一度も声を出すことはなく大人しかったそうだけど
その日は何度も詰め所に来て、大声で怒鳴ったと。

歩けるならと、即退院。
あっけなく、また元の生活に戻った。

一ヶ月半の父のいない生活が
あまりにおだやかだったせいか、
私も母もちょっとショックで、
「退院おめでとう」という気分には中々なれない。

帰ってきて2日は四六時中演説。
入院中はずっと我慢してたから仕方ないと思うが
こたえる・・・
そして24時間居間を独占するため、私達の居場所がない。
(そういえば、前はこんなだったなぁと思い出す)

「あのオジサン、病院には帰らないの?」と母。
「うん、ずっといるよ。」
「そうかぁ・・・いややなぁ・・・」
「いややなぁっていうのも可哀そうやけど・・・」と二人で苦笑。

そのうち慣れるかな。。。
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2008年05月21日

母と塗り絵

定年後、油絵や水彩画をならっていた母。

認知症になってから、形をとらえて描くということが
苦手になってきた。

油絵の先生は、母の元同僚。
絵を描きながら、おしゃべりも出来るからと
月に2度ほど私も一緒に通っている。

ただ絵の具を混ぜたり・・・ということが難しそうなので
母はクレパスを使って花をスケッチしたりしている。

父が入院している間は、ゆったりと家で過ごすことができる。
スケッチもちょっと大変そうだから塗り絵はどうかと誘ってみる。

本屋で見つけた花の塗り絵、最近ではペットの塗り絵をやってみた。
ハガキサイズで、左に見本、右が塗り絵。

「わぁ、おもしろそう」「色、塗ろうか」と始めるものの
だんだん作業があやしくなってくる。

見本どおりに色鉛筆を選んで塗るという行為が出来ない様子。
たまたま持っていた色鉛筆で何やら線をなぞっている。

あらら・・・

本人も「わからなくなってきた」と、「くしゃくしゃになった」と言う。

私自身も一緒に楽しもうと思っていたのに
なんだか溜め息が出そうになってしまう。。
塗り絵ももう無理なのか・・・なんて思ってしまう。

きれいな景色や花を見ると、母はよく「絵に描かなきゃ」って言う。
でも、それがもう難しいんだな。。

うまくやろうって思うからそうなるのかな。
楽しむ・・・が大事なんだけど。。。

その点、音楽の方がやりやすいかな、とも最近思う。
次回に続く。
posted by nozomi at 23:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月14日

父の入院生活

父が入院して2週間近く経った。

家にいる時は大変だった統合失調症の症状は
お見舞いに行く時に見る段には、非常に落ち着いている。
不思議な位・・・。
険しい表情はなく、普通に私達と会話ができる。

病気のことを告げたせいか、
当初、父は10名ほどの大部屋に。
そこは、何となく異様な雰囲気で心配になったが
本人は意外とケロッとしていた。
昔入院していた経験があるから、慣れてるのかな。

異様な雰囲気・・・というのは
ほとんどが寝たきりの患者さんで、
時折大声を上げている人もいる。
(その人は、手を手袋で抑制されてる・・・)

父に対しても、その部屋にいる時は
ベッドからの転落を防止するという名目で
ベルトや手袋をつけても良いかとたずねられた。

本人に説明してもらえれば、と私は答えたが内心不安になる。
しかし、父はあっさり承諾してベルトをつけていた。

それでも何となくその光景はいやな気分になる。
いろんなことを考えさせられる。。

そうこうしていると、病棟が変わった。
リハビリ棟という新しい施設で、
部屋は4人部屋でゆったり明るく、
デイルームという食堂を兼ねた広間を囲うように病室がある。
ベッドからはあのベルトもなくなっていた。

なんとなくうれしそうな父。
大学院でレポートを書くからと、読書もすすんでる?ようだ。
当分は車椅子生活だけれど、扱いもなかなか上手。

褒めると、
「自分は養護施設を設計したことがあるから、当たり前だ」
そして、
「自分で設計した家で、ケガをしてはあかんなぁ」と苦笑い。

ホントにそうだよ・・・とこちらも苦笑い。


父が入院生活をしている間、母と私は家でおだやかに暮らしている。

いつもは母の部屋でじっとしていたけれど、
気が向けばダイニングで私はパソコンで仕事、その横で母は塗り絵。
そんな気ままなこともできる。

塗り絵はアレレ??・・・な時も多いが、
本人は色を塗ってると楽しいと言うからいいかな。。。

痛い思いをした父には悪いけれど
なんだか神様がくれた、一休みの時間のように思えてくる。
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2008年04月28日

父が入院

ずどどどどど、どどど、どーん!!!

あ、落ちた。。。


その日も落ち着きが無く、一日中部屋を行ったり来たり
階段を登ったり下りたり、一人笑ったり怒ったりの父。
夕食を食べてしばらくして、階段の方からものすごい音。

今までも酔っ払った時なんかに
何回か階段から落ちたことはあったけど
この音は尋常じゃない。

見に行くと、階段の上の方に割れた灰皿、
一階まで破片が飛び散ってる。
その一階の床に仰向けの父。

何だか呆然と天井を見上げてる。
「だいじょうぶ?」
「すべった。落ちたわ。」

しばらくそっとして割れた灰皿を拾いながら
様子をうかがう。

「頭は打ってないか?腰は?痛いとこは?」
「だいじょうぶだろ、ワシは柔道やってたから」
なんて威張ってみせる。

「そっと立ってみたら」
「立ってみようか」と立ち上がったら
足首から足の裏にかけて痛みを感じたみたいで
「痛いわ、動けんわ」

とりあえずイスを運んでしばらく座らせる。
その直後に言った言葉が
「タバコ、あと灰皿持ってきて」

もう・・・

一時間くらいそこでタバコをふかす父。

しばらくして眠くなった父は、肩を貸してくれと言う。
痛めた場所を見せてもらうと、
腫れがあり少し変形しているように見える。
たまたまあった湿布を貼って
ソファのある居間まで片足ケンケンで行く。
その後2時間ほど眠って・・・また物音がするので見に行く。

トイレに起きようとしたものの、
激痛のため立てずソファに倒れこんでいる。

とりあえずまた肩を貸してトイレへ。
後ろから体を支える。

しばらくすると、よろよろとして倒れこんできた。
床を見ると、オシッコでびしょびしょ。
ちょっと待った!!!
と廊下まで引っ張ろうとしたら、
後ろ向きケンケンで、もとのソファまで帰る気力を見せた父。
そのまままた、2時間眠ったようだ。

こちらは、身動き取れない父をはてさてどうしたものかと
考えると眠れなくて、物音がするたびに様子を見に行く。

「眠れないのか、寝ろよ。」
「心配かけて悪いな。」など、いつもは聞かない言葉を聞いた。

でも私の気持ちとしては、
「迷惑かけてすまんな」と言う言葉が欲しかったけど・・・
我ながらひどい娘だ・・・

足がどうなってるのか、打撲が骨折か?
どれほど治療が必要なのか、
日常生活のサポート、治療のサポートなど
考えると眠れなくなってくる。

ふと「入院してもらえれば、助かる」と頭によぎる。

朝になって、本人に状態を聞くと
「痛くて歩けん、骨折れとるわ。担架で運んでくれ」と言う。
座ってると痛みはマシなのか、
その合間にも独り言を言いながら、ニヤけてる。
母はあまり気づいてないのか、鼻歌を歌ってる。
それもまたショック。。

車もないので、申し訳ないが救急車を呼ぶ。
「持病はないですか?」の問いに
「ないですわ」と父。

あとからそっと救急隊の人に統合失調症であることを伝える。

そうこうしてると、母が玄関先で私を呼ぶ。

見に行くと、おまわりさんが二人。
階段からの転落ということで事件性がないか調査に来られたらしい。
「この間お会いしましたね。」と一人が言うので
「?」と顔をよく見たら、
祖父が亡くなった夜窓ガラスを割ってくれた人だった。
「あぁ、先日はお世話になりました」と何故か挨拶。

救急車で病院へ。
診察の結果、かかとの骨折。
骨もズレが生じてるらしくて、手術と入院を勧められる。
治療期間は2ヶ月半ほどかかるそうだ。

本人も痛くて動けないから、しぶしぶ入院を了解する。
父の病気の件もドクターに報告。
「認知症で精神状態が不安定な人も入院しているから・・・」と
受け入れしてもらえた。

部屋は10人部屋。
見回すといろんな患者さんがいる。
父の顔を見ると、この中では一番元気そうに見える。

「時間をもてあますから、本を持ってきてくれ、それから・・・」と
次から次へとリクエストをする。
本当にもう・・・

それから
「入院したらnozomiに迷惑をかけなくてすむだろ。お前も忙しいからな。」とポツリ。

感謝の言葉さえ言わない父が言った一言。
病気のせいで言えなかったのか、
本当は私の顔色を見て察していたのかなぁと思った。
ごめんね、お父さん。
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2008年04月25日

プチうつ

2、3ヶ月前くらいから、父のことで気になることがある。
絶え間なく続く足踏みだ。

最初は回数も少ないし、そんなに気にならなかったけど
今は足踏みの音自体もトントン、トントン
ひどいときはドンドン、と大きくて、
絶え間なく続くと、聞いてる方は結構頭が痛くなってくる。
(本人はあまり気がついてないそうだけど・・・)

お医者様に相談すると、飲んでいる薬の副作用だとか。
副作用止めを併用すると止まるかもしれないということで
もらってきたものの、なかなか飲ませられない。。

いつもの薬をまず減らしてみるのも一つの手だそうで
減らしてみたけれど、
反対に2、3日に一回は調子が悪くなり、怒鳴ったり笑い転げたり。

それ以外にもなぜだか、父は何をするにも思い切り音を立てる。
ドアを閉める音、窓を開ける音、書棚のガラス戸を引く音・・・
ドーン!、バシ〜ン!、ガラガラドーン!!!
耳の鼓膜が痛いくらい。

水道は滝のように出すし(水道代が・・・)、
コンロの火はMAX(火事も心配・・・)。。

ついでに通信制の大学院に入ったものだから
自宅で勉強しているつもりなのか、家からあまり出ない。

ということは、ほぼ父が家にいる訳で
母とゆっくりくつろげる時間が取れない。

母自身は夜中は薬のおかげが、
少々の物音でも目を覚まさずに眠れているので
おだやかでのんびりとしてくれているが
私の気が立って仕方がない。

夜中に響き渡る父の声で起こされ、
その声を聞きながら暗い部屋で悶々と朝まで過ごす。
寝不足を解消しようと昼寝、と思いきや
襖一枚の隣の書斎へ来て音を立てる。
ゴソゴソ&足踏み&演説のおまけがつくことも・・・

めまいがしたり、動悸がしたり、いらいらしたり。

体の中に怒りが渦巻いてる。
理性で何とか止めているっていうのが自分でもわかる。
いつプチって切れてしまうか。

そんな訳で、近場のリゾートへ母と逃避行。
お天気も良くて静かでちょっとリフレッシュ。

でも家に帰ればまた同じ。
先生に相談して、薬を変えたりしながらもう少し様子を見ることに。
ノートに薬と症状の変化をつけることにした。

少しマシになったかなと思ったら
また戻ったり、、、
なるべく振り回されないように、冷静に対応できたらいいな。
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2008年04月11日

コンタクトレンズ卒業

この間、母がコンタクトレンズを失くした。
入れたつもりが、目の中に無い。
もう片方のレンズが重なっているかと思った私は
意地になって、残っていたレンズの一枚をめくろうとして割れてしまった。

母は、コンタクトレンズが世に出た頃からの愛用者。
20歳から使ったとして、もう40年以上は使ってたんだな。

一時期レンズの外し方がわからなくなったこともあったけど
最近は、私が横について、一息入れると何とかトラブル無く
外すことができていた。

コンタクト愛用者にはわかることだが
メガネをかけなくても見れる!というのは
すごい開放感、自由さがある。

私は小学生からメガネ族。
思春期の高校時代、母と同じハードのコンタクトに挑戦。
でも、目に合わず痛くて断念。
その時母は、さらっと「こんなの何てことないよ〜私は♪」
なんて言っていた。

そんな母がコンタクトレンズを卒業した。

母の新しいレンズを買おうと、水曜日久しぶりに眼科へ行った。
視力検査をするのも何年ぶりかという母。
できるかな・・と私は内心不安。
一応受け付け表に、「物忘れ外来に行ってます」と記入しておく。

検査スタート。。
「これどこが開いてますか〜?」
「右」
「じゃ、これは?」
「1」
「?・・・じゃ、これは?」
「2」
「???・・・これは?」
「C」
「・・・・ちゃんと答えてください!」

やってしまった・・・
検査をしてくれてた人の顔がくもる。
母も緊張する。

「すみません・・・・」と事情を話す。
「1とか2とか、何でしょうね?」
「わかりません・・・」

「コンタクトを作る意味があるんでしょうか?」
「お手入れとか、これから先、紛失とか問題が出てくると思いますよ」
と言われてしまった。

そうだ、確かに私も母のコンタクトレンズ使用に対して不安がある。
でも、今やめる時期なのか・・・

悩んでると、別の人が母にゆっくり話しかけて視力検査をしてくれた。
おかしな回答はあれど、なんとか総合して視力を測ることができた。
そして、
「この機会にコンタクトはやめてメガネにされた方が安心ですよ」と
その人もそう言った。

母に「どうする?」と聞くと
「メガネでも見えるしなぁ・・・」と。

自分の意思もあまり伝えられなくなってきてる。

眼科の先生は明るい人。
昔、母も診察を受けたことのある50代くらい女医さんで
「40代を過ぎると涙が出にくくなって、
 コンタクトのトラブルも多いですし、メガネにされてはどうですか?」
とやんわり母に話してくれた。

「そうですね、そうしようか、、」と母もなんとなく納得してくれた様子。

かけていたメガネはよく見えているらしく、
先生が超音波洗浄で洗ってくれた。

これで、母のコンタクトレンズ卒業が決定。
なんだかふと寂しい気分になった。
またひとつ母が年を取ったような気がして・・・
今までの母とまた変わってしまった気がして・・・

でも、コンタクトレンズに対する配慮が一つ減ったので
私としては心配の種が一つ減ったことになる。

まだ慣れない母のメガネをかけた顔。
「メガネちゃん」と呼ぶと
恥かしそうに笑う母。
だんだん、私も母も慣れていくかな。
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2008年04月08日

家で一人

先週の金曜から父は不在。
合格した大学院の研修を受けるため、東京へ4泊5日。

行く前の日まで大荒れで、大声で怒鳴ったり、と
こちらも眠れないし、イライラがたまる。
向こうへ行って苦情が来ないかと心配になったが
何とか連絡はなかった。

おかげで母と久しぶりに家でゆっくり過ごした。

いつもは父を避けて、家に居る時は
母の寝室でテレビを見る、寝転ぶといったパターンが多い。

でも今回は、リビングでゆったりくつろいだり、
ダイニングでのんびり庭の桜の一枝をスケッチしたり
おだやかな時間が過ごせた。

そして今朝は、デイサービスに送り出した後
こうして一人家でパソコンに向かうことができる。
いつもは母を送り出すと、私も家を出て放浪するのだけど。

家で一人・・・両親とも共働きだったから
ずっと子供の頃から慣れている。
それが去年から無くなった。
ということは、一年ぶりか・・・。

母には「仕事だから」と言ってるので
今日も有効に時間を使わないとな。。。

一人じゃないとできないこと、やろう。

昨日、母がコンタクトレンズを失くした。
入れたつもりらしいが、目の中を探しても見つからない。
片目に二枚入れたのかもしれないと、もう一枚が重なっていないか
意地になって残った一枚を私がいじったせいで、
パリっと割れてしまった。

母のコンタクト・・・これも結構ストレスになる。
もう眼鏡にしてほしいとも思うけど、
同じコンタクト愛用者の私も、外出時はやっぱりコンタクトが楽。
取り上げるのはかわいそうかなと、考え出すと頭が痛い。

今朝も何度か「目、やらなあかんな」と
コンタクトを探す素振り。
(失くしたことも忘れちゃったの?!)と
思わず、「だから昨日失くしたやんか!!」と言ってしまう私。

最近自分自身がとげとげしくなって余裕がないように感じる。
昨夜も何だか急に泣きたくなったり、当り散らしたくなったり。。

そして今日、父が帰ってくる。
どんな顔して帰ってくるかな、、、気が重い。
posted by nozomi at 10:08| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月10日

父が大学院へ

「nozomi!○○大学の資料をパソコンで取ってくれ!」
と何度となく父に頼まれた昨年。
「いいかげん、自分で取りな!」と口げんかする私。

そんなことをしていたら、受験票が父に届いていた。

受験票って・・・受ける気??

そうこうしていたら、某大学院の入学試験を受けに行くと父。
東京で小論文と面接の試験があるらしい。

まず面接で落とされるだろうと思っていたが
何と合格通知が届く。

そして某大学の経営学部3回生からの編入試験。
こちらも合格通知。

最近の大学はどうなっているんだろう・・・・・・
とすごく疑問に思う。
少子化で経営難とは聞くけど
入学金、授業料を払ってくれれば誰でもいいのか?と思ってしまう。

授業料は結構高額だし、
勉強したければ、わざわざ学校へ行かなくてもできる。

父は大学院を出たという経歴が欲しいのかもしれない。
サイバー大学院、ネットを利用した通信教育らしいけど
パソコンの電源のON・OFFもままならない父にできるんだろうか。。

そして、この間はすごい血相でこんなことを言っていた。
「大学院へ行くから、ワシの命を狙おうとしているんだ!!戦いだ!!」
(じゃあ行くのやめてくれ〜〜〜〜)

でもまぁ、いつまでも向学心のある父はある意味すごいとは思う。
が、いい加減にしてほしいとも思うのである。
posted by nozomi at 12:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3月になって

あっという間に3月だ。
母の週に2回のデイサービスも続いている。

本人は週に2回行っているという感覚はないかもしれない。
不安定になった去年の今頃から、ちょうど一年。

できないことは、少しずつ増えてきている感が確実にある。
でも気持ち的には極度に不安定にならないでくれているので
よかったなぁと思う。

旅行に行った時にも思ったけれど、自分一人で何か作業を行うということが
できにくくなっているように思う。
デイサービスでも手芸や工作的なものは、
「どうしていいかわからなかった〜」
「私はアホやし。昔はできたのになぁ」
と、スタッフの手助けを借りているようだ。

そんな中、先週母と
昨年末に発覚した父のマンションの水漏れ問題を片付けに
業者の人たちとの打ち合わせへ行ってきた。

少し前、施工会社の人に修理費を見積もってもらったら
のけぞってしまうほどの高額な見積書が送られてきた。

知人に相談した結果、マンションの売主に交渉したほうがよいと
アドバイスを受け、現場を見にきてもらったのだ。

マンションの売主、水漏れした電気温水器のメーカーの人
火災保険会社の鑑定人・・・などなど総勢男性が5名。

「私は何もわからへんし、nozomiちゃんにひっついてる」と
私の後ろをついてくる母。

言うことは言わないと・・・と私も様子をうかがいながら
来ている人と話す。

そして保険会社の鑑定人と話し終わった頃、
母が「よろしくお願いします」と言葉を発した。

鑑定人の人も思わず「はい、わかりました」と
母の顔をじっと見ながら礼をされた。

何も話さなかった母が、急にしっかりしたようで
何だかじ〜んとした。

まだ回答は来ていないけど、この問題も何とか無事にクリアできますように・・・
posted by nozomi at 12:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

南の島へ

先月、母と沖縄へ旅行に行ってきた。

今年の冬は寒くて寒くて、
あたたかい所でのんびりしたいなぁと。

飛行機を使った旅行は久しぶり。
2、3年ぶりである。

母が調子を崩してから、
すぐに降りられない飛行機は何となく敬遠していた。

でも、沖縄行きたい。。。
国内線なら大丈夫かも、、と
思い切って申し込む。

旅行に行くのは楽しみ♪と言っていた母も
近づくにつれ、不安感が出てくるのか
体調の悪さを訴える。
「お尻が痛い」と。

私は「?」なので色々聞いてみると
どうやら便秘→軽い痔になっていたようだ。
(帰ってからは一度も言わないので治ったのかな?)

今になって思えば笑い話だけど
その時は、母が不安になると私まで不安になるという
変な連鎖反応で、一時はやめようかなんて思ったり。

でも何とか旅立つことにした。
空港まで2時間、飛行機に2時間、空港からホテルまで2時間。
結構な距離でした。

道中の母の心配は、トイレ。
特に使い慣れないタイプのものは、戸惑ってしまう。
空港のトイレはウォシュレット付き。
隣に入っていた私は、何やら水の吹き出る音を聞いてしまった。
「もしや・・・」
案の定、水を流すボタンと勘違いして押してしまったよう。

その後「キャー」の声。
母が水浸しにしてしまったトイレに次の人が知らずに入ったようで
ホントにごめんなさい。。。

後は機内のトイレ。
私でもどうなっているのか戸惑うのに
母には一層嫌なものである。
まず数が少ない、せまい、使い方もわかりにくい・・・

とりあえず私がトイレのドアを押さえ、用だけ済ましてもらう。
その後交代して私が使う。。

そんなトイレ騒動をクリアしつつ、あたたかい南の島へ降り立った。


だけど2月の沖縄は天候が不順だと、
タクシーの運転手さんに聞くことになる。
「この何週間かは曇りばっかりだよ」と。

でも晴れ女の二人は何のその!
なんと、晴れ間も出てきたのである♪

海のそばのリゾートホテルには、三泊。
一番安い部屋で予約していたが
追加料金(まけてもらった)でグレードアップしてもらった。
次に来れるかわからないもの・・・

部屋からは海が一望できる広いテラスとジャグジーまであり
旅の疲れも吹き飛んだ。

赤いハイビスカスやブーゲンビリアの花。
体の力がほどけていくような、ゆるゆるとした風と空気。

母もうれしそうだ。
滞在中は、パターゴルフに挑戦したり
三線教室に参加したり、とひたすらのんびり過ごした。
(三線教室は、母にはちょっと難しかったようだったけど・・・)

ホテルから空港まで少し遠いので
帰りは那覇にもう一泊することにした。

そこでリゾートから急に那覇の街にやってきた母は、
「ここはどこ?」状態になってしまった。

せっかくだからと市内観光に出かけたのだが
モノレールから見える景色は、私も見たことのない街の景色。
この日はどんよりと黒い雲が出て、
沖縄独特のコンクリート建物がひしめきあってる。

「ここどこ?大阪?○○(住んでいる町の名前)?どこ行くの?」
「私、こんなとこ知らないわ・・・来たことないしわからないわ・・・」
を繰り返す。。
「・・・・沖縄に来てるんだよ。。」と私。
何だか疲れてしまった。

旅行をするのも体力がいるなと再認識した旅だった。
何やかや小さなトラブルはあったけど
帰ってから「楽しかったなぁ、行ってきてよかったなぁ」と
繰り返し話す母を見て、やっぱり行ってきてよかったなと思う。
どこに行ってきたか、地名が出てこないのは残念だけど・・・
楽しい思い出ができたことはいいことだ。
posted by nozomi at 12:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月08日

デイサービスを増やす

「定員いっぱいです」と言われていたデイサービス。

ケアマネージャーの人に頼んでおいたら、
案外早く空きが出た。

火曜日と金曜日の週二回、この2月から行くことになった。

金曜日にはアートセラピーの先生も来るらしいので
絵の好きな母にいい効果があるとうれしいが、
本人はいまいちよくわからない様子。。

時間ともに変わっていくといいなと思う。

そんな訳で週に二日、自由時間ができたのだが
母には「仕事に行ってくる」と言ってる手前
ちょっと申し訳ないような気持ちになる。

自宅で仕事をしようかとも思うが
父がウロウロしているため、落ち着いてできないし
今はもっぱら気分転換の時間となっている。

久しぶりに友人と会ったり、好きな映画を見に行ったり。。
映画は今年に入って、ひとりで三本も見た。

この間見た「陰日向に咲く」は途中から涙があふれて仕方がなかった。

そしてこの一人時間に限って、なんだか体調がいまいちになる。
おなかが痛くなったり、めまいがしたり。。。

何だろう。。

気が抜けるのかなぁなんて思ったりする。
posted by nozomi at 12:06| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

母と映画に

先日、母と映画を見に行った。

以前、母の認知症を疑った頃、
よく母は映画の途中で居眠りをしていた。

ただその映画がつまらなかったのかもしれないけど…
続けてそんなことがあった。

母の興味の持てる話なら、眠らずに見てくれるかなと、
今回見に行ったのは、母べえ。

時代設定が、母の生まれた昭和15年。

まだその頃の母は赤ちゃんだったろうけど、
何か重なるものがあるんじゃないかと。
回想療法的なものも期待した。

映画は、たしかに戦争前後の重たい時代の悲しい出来事が
描かれている。

そのなかで明るくひたむきに生きる人々の姿がすごくいい。
そして戦争に対して、もう一度考えさせられる。

母の実父は、母が幼い頃に戦死している。
ほとんど何も覚えていない様子。

「私、かわいそうな子やってんで。」と最近よく言う。

そんな母は最後まで居眠りせずに、この映画を見ていたようで、
「いい映画やったなぁ、お姉ちゃんに連れてもらった♪」
と何度も言ってくれた。

一緒に見れて良かったなと思う。


母の実のお父さんのこと・・・
私のおじいちゃんでもある。

以前、亡くなった祖母が引越しの際に戦地から送ってきた手紙を
母に渡していたことがあった。

再婚した祖母はそれを大切にしまっていたようで
「字がにじんでいるのは、ばあちゃんの涙や・・・」と言ってた。

その手紙。

私の部屋の押し入れに入れたままになっていたのを思い出す。
出さないと・・・と押入れの中を探す。

「何してるの?」と母。
押入れの奥の奥から、段ボールが出てきた。

大量の手紙と、写真、祖母の日記が少し出てきた。

手紙は戦地(フィリピン)から母に宛てたものもある。

「○○子ちゃん、元気にしているかね?・・・」
で始まる、子供向けの挿絵の入った葉書。

「これ、お母さん宛てやね」と母に渡すと
涙をポロリ。。

「なんか涙出てきた」って。

手紙はいくつもいくつもあって
読んでるとホントに切なくなってくる。

戦争はいけないって再認識させられる。

手紙や写真をもう一度整理して、母の部屋に保管した。
そして心の中でつぶやく。
「母を守ってください・・・」
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2008年01月08日

目標

年明けは、風邪をひいたこともあって
母とほぼテレビ三昧の一週間を過ごす。

最近の母はテレビが好きになった。
以前は見なかったお笑い番組やクイズ番組など
楽しそうなものを好むようになった。
内容はわかってるのかは微妙な場合もあるけど
笑ったり、クイズに答えたりしてる時もあるので
あまり気にせず、純粋に一緒に楽しむ。

正月番組の特番で
「今年の目標は?願いは?」なんてことを
芸能人がパネルに書いて答えるシーンを
何回か見た。

昨年はいろんな事が立て続けに起こったせいもあり
でも、あまり最近は考えてなかった、自分の目標や夢。

口にすること、思い描くことがまず大事というから
描いてみることにする。

私は何がしたいのか・・・

よく思うのは、いろんな人と話したい、社会とかかわりたい
ということかな。。

ここのところ、私の世界は、母と共にあり(父もいるが…)
家族という小さな枠の中に生きてるような気がする。

でも今日のように、母がデイサービスに行っている時間
ぽっかりと一人ぼっちで出かけたりすると
解放感と共に、何だか心もとないような、頼りなげな自分を感じる。
そして不規則な生活のせいか、フラリ目まいも。。
何だろうな、これ。

小さな子供を連れ、奮闘している同年代のお母さん。
いきいきと働く人たち。
どれでもない私。

今の状況でできる何か、したい何か、
自分の目標を大きくても小さくてもいいから決めて
時間を過ごしていきたいと思う。
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2008年01月01日

ゆく年くる年

新しい年が始まった。

お正月はあまり好きではないけど、
去年は何だかいろんな事があり過ぎた年だったから
この切り替えで、新たな扉が開いたような、
まっさらなページが始まったような、
そんな気持ちになれてちょっといいなと思う。

自分の時間、友人と会う時間がなかなか取れなくて
身動きがとれないと言っていた先月も
後になって考えてみたら、
何人かの友人が私に合わせて、会う時間を作ってくれた。
たくさん話をすることができた。
ホントに心から感謝!!である。

今年は風水では水の年だそうだ。
夢を綴るノートをつけるといいと本に書いてあったけど
なかなか今の私には、前のように自由に夢を描けなくなったなぁ
何かにつけて、あきらめモードに入ってしまうなぁって
自覚する。

気がついただけでも、良しとするかな。
さてどんな夢を描こうか。

まずはおだやかな気持ちで過ごせるように。
これが一番。

そして希望をなくさないことかな。
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2007年12月25日

またまた宿題が…

祖父の家の片づけが済んで
少し一段落。

さてこれから毎日、時間をどう過ごそうか
なんて考え出した矢先、大事件が発覚した。

自宅から1時間ほどの場所に5年ほど前、
父が自らの退職金やローンで購入した小さなマンションがある。

なぜそんなものを買ったのか。
「このマンションを買わないと殺される」とか
「仕事場だ」とか「セカンドハウス」だとか、
とにかくものすごい剣幕で母を連れまわし、契約してしまった。

それから私と母はほとんどノータッチ。
しかしマンションの隣人?からは、
父がそのマンションに滞在するたび
「うるさいので、何とかしてください」と匿名で苦情の電話が
何度かかかって来て、父を連れ戻しに行ったことも。。

最後にかかってきた時は
「これ以上騒ぐと、警察を呼びます」とのこと。
びっくりしてまた連れ戻しに行くと
玄関の門に、張り紙まで張られていた・・・

そんな曰くつきのマンション。
もう1年近く放置していたのだけど
夏ぐらいに「水漏れ」という言葉がチラッと耳に入る。

ちょうど祖父の状態も悪かったので
父に任せていたけど、どうやらあまり動いてない様子。

聞くと「大丈夫だ!もう終わったんだ!わかってるんだ!」と
不機嫌に・・・

そこで、時間のできた最近になって母と私で見に行くことにした。

ドアを開けた瞬間、絶句、、、である。

フローリングは黒ずみブヨブヨに、壁や押入れはカビだらけ
和室の床には水溜りまであった。

思わず母と笑うしかない。

とりあえず管理会社へTELする。
「何も聞いておられないのですか?」
と、今までの経緯を話してもらう。

水漏れが発覚したのが今年の6月末。
オール電化のマンションは、リビングに電気温水器があり
ここからの水漏れのよう。

発覚当初は、床から2〜3センチほどまで水につかっていたそうで、部屋が1階だったのが唯一の救いだとか、なぐさめられたけど、、、

はてさて、どうしましょうといった感じである。

とりあえず温水器のメーカーのサービスマンがチェックにきたものの
「部品の取替えが必要ですね」と言って帰ってしまった。

へ、それだけ???

みたいな感じで、まだまだ解決までは時間がかかりそう。。。
来年持ち越しの大きな宿題がまたできてしまった。

ただこれで悪いことはもう終わりにしてほしいなぁと思う。。
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2007年12月11日

身動きとれない私

祖父の入院とともに、
母との密着時間が増えた。

友達との時間も、お見舞いに行く時間に消えた。

そうしている内に、
母と常にいることが当たり前の状態になり
祖父が亡くなった今も、なぜか続いている。

母を家に一人で、もしくは父と二人にして
家をでることが、なぜか不安というか落ち着かなくて
いろんなことを考えるともうどうでも良くなって
またストレスをためる自分。

友だちと自由に待ち合わせをして
自分の時間や趣味を楽しみたい・・・と思っていても
できない、もしくは自分でできないと思ってしまっている
そんな感じだ。

それが意外と苦しい。。

そうこうしてると
今まで融通を利かしてもらっていた仕事も
影のうすいものとなり、近々なくなってしまうような、そんな気がする。

今日は母のデイサービス日。
「私は仕事だから、お母さんは○○の里に行く日だよ」
なんて言いながら、母を送り出し、私も外で過ごす。

家ではPCに向かう時間さえ、なんだか母に気兼ねするから
今日はネットカフェの個室にこもって
ブログ記事を3つも書いてしまっている。

これもまた週に一度のわたし時間だ。
今はこれでいいかな。

でも、これからの私。
本当にどうなっちゃうんだろう。

この身動きのとれない状況から、
物理的にもキモチ的にも脱することができるように
来年はしたいなぁと思う。

あせらず策を練るとするかな。
できるかな。
できるさ〜と元気づけてみる。
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祖父の亡くなった夜

ホテルに一泊して、
気持ちも体も落ち着きを取り戻した私と母は、
祖父のお見舞いに行くことにした。

まず祖父宅に寄って、持っていくものを整理していると
携帯が鳴った。病院からだ。

電話に出ると、看護師さんが
「おじいさんの容態が悪いので、すぐ来てください。」とのこと。

急いで病院へ行くと、祖父はしんどそうだけど
意識はまだあった。

「じいちゃん、来たよ」と言うと、「おぉ、来たか」とアイコンタクト。

でも、話すことは難しく、
しんどそうな祖父のそばにいることしかできない。

お医者様は、
「今夜は付き添ってあげてください。
 今夜か、もう少し先か・・・そんな感じです。」

電話があったのがお昼。
時計を見るともう夕方になってきていた。

亡くなった祖母が入院していた頃なら、
母と交代で付き添うことができたが
今の母は一人で家に帰ることも、
帰って父に夕食を作ることもできない。

こんなことを言っては不謹慎だが
このままの状態が何日も続けば、私も母も体力が持たない。
そういえば、母の薬も今夜の分はない・・・

なんて頭の中でぐるぐる考えていると
祖父の様態が変わった。
さっきまでの呼吸と違うのだ。。。

そしてしばらくして、祖父は旅立ってしまった。

一瞬、私の考えていたことが
祖父に通じてしまったのかと思った。

ごめんね、おじいちゃん。。。
心の中でつぶやく。


それから祖父の住んでいた家に戻り
葬儀社の人と葬儀の打ち合わせをして時計を見ると
夜も十時半を過ぎていた。

お通夜や葬儀の準備もあるので
自宅に母と帰ることにする。

ところがタクシーで家に帰ると、玄関の鍵が開かない。
(中に父がいると、二重鍵にしているため、開かなくなっている)
インターホンを鳴らしても父は出てこない。

冷たい雨が降る夜11時半。。

表から雨戸を開けてみるが、1階のリビングには父の姿は無し。
電話をかけても留守電。
インターホンを30分以上鳴らし続けるが出てこない。

どうすればいいのか・・・
こんな夜に。。。
途方にくれる。。。

思い切ってガラス窓を割ろうと試みるけど
簡単には割れない・・・

それで、警察を呼んだ。

事情を話すと、お巡りさんも困り顔。
しばらくいろいろ試みてもらったけど
らちがあかない。

「ガラス割りますか?」「ハイ」

突入・・・

「お父さん、どこにいるんですか?」
「たぶん2階の、奥の部屋です。」
「だいじょうぶ、動いてるよ。寝てたみたいよ。」

「・・・・・」寝ぼけてる父。

「すみませんでした。お世話になりました。。」
とお巡りさんにお礼を言って、割れたガラスの後片付けをする。

あきれ返って笑ってしまった。そして、涙がポロポロ出てきた。
泣き笑い。大変な夜だった。
posted by nozomi at 12:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

祖父の外泊が終わって・・・

祖父が亡くなって1月が経って
今さらブログに書くのもどうかなと思いつつ
記録として・・・

祖父の外泊が終わった後、
家に帰った私と母は、ぐったり。

とりあえず夕食を作り、その夜はあっという間に
眠ってしまった。

朝、目が覚めると、体中が痛い。
ものすごい疲労感。

遅い目の朝食を母と取っていると
父も気分が悪かったのか
私たちに絡んでくる。

「寒いから窓を閉めて」と言っただけなのに
「お前たちがいつまでもゴロゴロしているのは、酸欠だからだ!
 だから窓を開けてるんだ!!」と訳のわからないことを言う。

しばらくそんな訳のわからないやり取りをしていたら
なにか私の中で、プチンと切れた。

今まで押さえらないイライラやモヤモヤは感じていたけど
疲れがピークだったせいで、止められなかった。

私は半狂乱になって、その辺の物を叩く、投げる、大声を上げる。
止められなくなった。

母はびっくりして何度かなだめようとする。
しばらくして、
「とりあえず横になりなさい」と布団を出してくれた。

少し横になり、気持ちが収まるのを待つ。

気持ちがおさまったものの、
この父の家にいるのが、たまらなく嫌で
また母と家を出る。

「近くのホテルに泊まってくる。」と父に言うと
さっきとは人が変わったような顔で
「うまいもので食って来い」とめずらしくお金を渡す父。
反省したのか。。。

そしてその夜はホテルに1泊する。
posted by nozomi at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月27日

最後の帰宅

祖父の亡くなる3日前の話。

外泊許可が出たものの、祖父の様子は良くなさそう…

お医者さまも、
「家に帰りたいとおっしゃってますが、
 少し今までと違う感じがするので、
 もしかするとお家で息を引き取られる可能性があります」
と言われる。

車椅子に座ってられるか、
それすら危うい感じだったけど、
本人は帰る意志が強く、
タクシーが迎えに来た途端、しっかりとした様子に変わる。

2ヶ月ぶりの帰宅。

「じいちゃん、お帰り〜」
と声をかけるとニッコリする祖父。

ゆっくり部屋で休んでもらうはずが、
それからすぐ大変な騒動が起こる…

どうしても依然とおなじように、
お風呂に入ってシャワーを浴びたいと言う。

団地の狭い浴室。
小さな風呂イスに座ることは無理に等しい。

食卓で使っていたイスにビニールを巻きつけて、
これに座ってもらおうとセッティングする。

しかし、なぜか祖父はベッドから移動するときも
「車いすはいらない」と言って聞かない。

裸になってしまった祖父は
ベッドに座っていることも出来ず
支えていないと倒れてしまう。

痩せてしまった祖父も私一人で支えるとなるとかなり大変。

手を出せずにおろおろしている母の存在はわかっているようで、
「なぜ手伝わないのか!手伝いなさい!」と言う。

私もパニック、母もパニック…

それでも「風呂場へ連れていけ」と言う祖父。

しばらくして何とか車いすに座ってくれた祖父を
風呂場まで連れていくが、
今度はセットしたイスには絶対座らないと言う。

「いつもと同じように風呂場に入りたい」と…

「それは無理だよ」と説明してもわかってもらえなくて、
どうすることもできなくて、、

そうこうすると、車いすからもズレ落ちてしまいそうになり、
また支える。

でもそれも難しくなり、
浴室前の床に祖父は倒れこんでしまった。

車いすに座りなおさせることも、
どうすることもできなくて、
それでも「お風呂に入らせてくれ」と言う祖父。

結局、何とかシャワーの届く範囲にお湯をかけて、
タオルで拭く。

ずっと裸だった祖父は「寒い寒い」と言い出し、
私はあるだけのタオルケットや毛布で体くるむ。

疲れてしまった祖父はそのまま眠ってしまった。

時計を見ると、帰ってきてから三時間経っていた。

せっかく帰ってきたのに、
楽しいことやくつろぎを感じてもらえない…

三時間ですでに体中が痛くて途方にくれる私。

外泊は二泊三日の予定だったけど、
もはやギブアップしそう。
介護の大変さを身にしみて感じる。

目をさませた祖父を
タオルケットを担架がわりにして
母と布団へ運ぶ。少し一安心。

そのあとも物音がすると祖父の様子を見ながら、一夜を過ごす。

翌朝起きると祖父は、
「朝ごはんを食べなさい」と言っている。(ようだ)
ここ何日間かで声が出にくくなっているようで
理解がしにくい。

ジェスチャー、紙に書いてもらうが
それでも分かりにくい。

食欲もないなと思いながら
ベッドを見ると、祖父の胃ろうのチューブが置いてある。

?????

どうやら、引っこ抜いてしまったようだ。

あわてて病院へ連絡。
「とりあえずガーゼをあてて、病院へ来てください」とのこと。

そのあと、背中の痛みを訴えだした祖父。
車椅子に乗ることも不可能そうなので、救急車に来てもらう。

病院へ着くと、痛みはなくなったようで
安心したのかなぁと看護士さんと話す。

私と母もホッと安心して後片付けに戻った。


どうしてあんなにお風呂に入りたがったのか・・・

亡くなる日も、体調は悪いのに
「入りたい」との希望はしっかり伝えたらしい。

旅立つ前に体をきれいにしたい、
そんな気持ちが生まれるのかもしれないな
と今になって思う。
posted by nozomi at 15:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする